やっと見つけた安住の地。生きていればいいことがあるね。

朝日の記事。
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 十数年働いた飲食店をやめ、林田浩之さん(39)は岐阜県内のアパートを出た。荷物は寝袋や数日分の衣類をつめたリュック一つ。運転免許証も携帯電話も捨てた。
 きっかけは同棲(どうせい)していた恋人の浮気だった。相手は、店の同僚。また、人が信じられなくなった。
 西へ西へ。あてのない旅は、1年あまりにおよんだ。唯一立ち寄ってみたかったのが、宮崎県西都市だった。2017年の夏、25年ぶりに訪れると、森の中にかつての居場所が残っていた。
 幼いころ、父から毎日のように殴られた。物心ついたときには母がおらず、食事も満足に与えられなかった。なんで、こんなひどいことをされるのか、わからなかった。ただ、逃げ出したかった。
 小学5年の終わりから1年3カ月を過ごすことになったのが、西都市にあった児童養護施設だった。三度の食事に、あたたかい布団がそこにはあった。
 当時の建物は残っていたが施設はなく、見知らぬ老夫婦が住んでいた。画家の高見乾司さん(71)と、染織家の横田康子さん(80)。2人は森に自生する草木を使って薬草茶や、染め織物をつくって生活していた。
 林田さんがここで暮らしていたことや旅をしていることを伝えると、しばらく滞在していくよう勧められた。
 高見さんは毎日、森に連れ出してくれた。どの草に薬効があり、どんな色に染められるのか。夜空の星で狩猟を占う言い伝えや、何千年もの歴史が詰まった神楽の魅力も話してくれた。横田さんは、草木から糸を作る方法を教えてくれた。
 時間を忘れて聴き入った。何より興味をそそられたのが、2人のささやかなプロジェクトだった。
 荒れた杉や竹の林に手を入れて、ハイキングコースをつくる。子どもたちを集めて工作教室を開いたり、秘密基地を作ったり。10年前に構想して少しずつ進めているが、2人ではなかなかはかどらないという。
 小川での水遊び、砂利道で初めて乗った自転車、林の中でのターザンごっこ。嫌なことを忘れて夢中で遊んだ日々を、林田さんは思い出していた。
 「もうしばらく、ここにいさせてください」
 2人にそう伝えてから2年。林田さんはいまも高見さん、横田さん夫婦と毎日の食卓を囲んでいる。(東野真和)

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