給料
仕事の目標やノルマをどれだけ達成したかは、給料やボーナスの査定と深く結びついてきました。達成度と連動する比例給の割合が多い職場では、従業員の過労や不祥事など負の側面も目立ちます。それでも、ノルマはやめられないのか。
基本給10万円の男性の「生きるためのノルマ」
「お客さんを前に、翌月の給料がちらついた」
関東に住む30代の男性は、日系の生命保険会社の営業として個人宅に飛び込みでセールスをしていた数年前を振り返る。
顧客の生活状況から、希望する保険より安い保険で十分だと感じた。しかし、契約額が小さいと会社からの評価も上がらない。「あえて言わなかった」と打ち明ける。
当時の給料は基本給が10万円ほどで、残りは直近の販売実績に応じた比例給だった。それなりの規模の契約を月3件取って、手取りで月約20万円。それが「生きるためのノルマという感覚だった」。
契約が月にゼロだと社内で「最低賃金」と呼ばれた。ある月はうまくいっても、翌月にはまた振り出しに戻る。そんな環境に耐えきれなくなった。入社2年目に「最低賃金」が3カ月続いたことが原因で、クビを言い渡された。
成果主義とも呼べるこうした営業職の給料体系は、程度の差はあれど、金融、小売り、不動産など多くの業種で共通する。固定給が少ないほど仕事の成果が自分の生活に直結し、達成しなければというプレッシャーは強まる。
悪いノルマと良いノルマ
職場から数字がはっきり示されなくても、事実上のノルマとなって苦しむ働き手もいる。過労や売上高の改ざん、顧客をあざむく営業手法などを生む背景にもなってきた。
かんぽ生命の不正販売問題では、「恫喝(どうかつ)指導」と呼ばれる行きすぎた営業管理や手当欲しさが不正を生んだ、と調査委員会が指摘した。
ホンダの販売子会社「ホンダカーズ」では、店長の男性の自殺はノルマ未達などを原因とするうつ病のためだったとして労災に認定された。
生保の営業職は、5年間で8~9割がやめるとされる。
一方の経営側には「営業という仕事の性格上、売れない人には会社を去ってもらうための『ふるい』が必要だ」(大手生保の人事担当者)との声がある。
日本生命の清水博社長は「目標を置くことは企業にも社員にも規律と成長意欲を与えるために必要で、その中身が重要だ」と言う。成果に比例する給料体系が従業員のやる気を引き出している側面も強調する。
生保の営業職のごく一部には年収数千万円という人もいる。
ノルマと給料 理想の姿は
過度なプレッシャーを感じさせることなく、従業員のやる気と緊張感を引き出す仕組みをどう整えるか。様々な職場で模索が続く。
成果連動の給料を1993年に国内で初めて全社員に導入したことで知られる富士通は、この課題に30年間向き合ってきた。
導入した当初は個人の成果が給料に反映されすぎていて、達成しやすい低い目標をあえて設定したり、目標以外の業務を押しつけ合ったりする事態に陥った。
そのため評価の指標を個人からチームへと移した。結果だけでなく過程も重視するよう変えてきた。上からの指示でなく、本人と上司が年度の初めに話し合い、目標を決めることも特徴だ。
人事を担当している室長の森川学氏は「数字ではない部分を不平等感なく評価できるかは評価者である管理職しだい。研修を繰り返している」と話す。
作業服大手のワークマンは販売実績の高い社員を評価する制度を廃止した。「客層の拡大」という長期目標だけを現場に求めた結果、カジュアルな見た目で機能性の高い服がヒットし、最高益を更新し続けている。
3メガバンクも、行員個人に割り振っていた投資信託や保険の販売件数の事実上のノルマを19年までに廃止した。代わりに顧客の運用残高の増減や、満足度調査の結果などを評価の指標に加えた。
行員が手数料稼ぎのために金融商品の売買を必要以上に勧めたことでトラブルが相次ぎ、金融庁が問題視したことが背中を押した。生保業界でも個人の販売成績以外の評価指標の導入が相次ぐなど、給料の安定化に向けた動きが出てきている。
人事管理を研究するリクルートワークス研究所の千野翔平氏は「人事制度は、会社が従業員にこう働いてほしいという、いわば『メッセージ』だ。会社も従業員も双方が納得できる姿を議論し続ける必要がある」と話す。
一方、同志社大の加登豊教授(管理会計)は、ノルマをめぐる労使の問題の根幹には、日本企業の業績低迷があると指摘する。
「人口が減り経済が停滞する国内市場で、成長時と同じような業績の伸びを企業側が従業員に押しつけていることに構造的な問題がある。見直すべきは経営戦略や商品自体かもしれない」(小出大貴)
ノルマ廃止で最高益 ワークマン専務に聞く
作業服で知られる群馬発祥のワークマンは、社員にノルマを課さずに10期連続で最高益を更新した。創業者のおいで、立役者の土屋哲雄専務に話を聞いた。
――ノルマで縛りつける経営を「昭和型」と批判しています。
「商社を経て2012年にワークマンに入社し、取り組んだのは『頑張らない経営』だった。販売実績の高い社員を評価したり、売り上げ目標が未達の店舗に説明を求めたりといったことも一切やめた」
――売り上げが下がらないですか?
「過大なノルマは一時的に売り上げが伸びても結局、長続きしない。無理に頑張り、達成してしまう社員の方がむしろやっかい。その人が代われば売り上げが戻ってしまうからだ。ノルマ、目標、期限など、真面目な経営者ほど下に押しつけがち。もともとみんな真面目でよく働くのに、さらに鞭(むち)を打ってもしょうがない。みんなが自然体で成長できる道こそ経営者は考えるべきだ」
――一方で目標を一つだけ掲げたと聞きました。
「私どもが手がける作業服は市場が縮小している。短期的な売り上げ増を狙うのではなく『客層の拡大』という長期目標を掲げた。本気度を示すために社員の平均給与を14年度から5年間で100万円ベースアップ(賃上げ)すると表明し、実施した。社員のやる気は格段にあがった」
「一方でその頃、現場で商品が意外な買われ方をしていた。たとえば、雨の時の工事用ジャンパーがバイク愛好者に、厨房(ちゅうぼう)向けの滑りにくいシューズが妊婦に好評だった。風雨、暑さ、寒さといった過酷な状況向けの作業服の強みを生かし、品質や価格はそのままに色合いを変えるなどカジュアル化し、客層を広げた。アパレル業界ではユニクロが圧倒しているが、過酷な状況向け商品だけはうちが勝てると考えている。結果的に10期連続で最高益を更新している」
――過大なノルマを押しつける会社がなくなりません。
「『頑張らないこと』の弊害に腹をくくれないからではないか。たとえば、それまで無理な残業でこなしてきた決算発表を1週間遅らせた。会社の信用が落ちるリスクもあったが、『その時は経営陣の責任』と覚悟を決めた。新たにオープンする店舗の開店日に閉まっていたことも。店長に電話したら『残業になりそうだったので延期した』と。ここで腹を立てたら、本気ではなかったと思われる。褒めました。今は、ノルマや過大な目標で縛りつける『昭和型の経営』の方が弊害が多いと思う。私も含めて凡人が無理せず、楽しく働ける仕組みづくりこそ大切だ」
――なぜ『頑張らない』のが大切だと思うようになったのですか?
「商社時代はむしろ『モーレツ社員』だった。さまざまな事業を打ち立てては3年以内に黒字化を必達目標に掲げる。部下が申告する目標に2~3割上乗せするのは当たりまえだった。だけど退職前に、手がけた事業はどれも小粒だったと気づいた。短期目標を課して無理に走らせると『焼き畑農業』のようにすぐに稼げることしか考えなくなるのではとの思いにいたった」(聞き手・柴田秀並)
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